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ナントカと人(β)



「篤姫」1.5倍楽しく見ることが出来るかもしれない


お憑かれ様でございます、ジョニーでございます。



え〜、番外編をはさみまして、このコラムも6回目ということになりました。
いままでどうもありがとうございましたということと、その上で、今後とも一層のご贔屓を願っております。



んで!!今回のテーマはずばり江戸!!江戸城なんですね。



なんだかんだといいまして、やはりあたくし、実は、お城の中では江戸城が一番好きです。天守閣は現存しませんが。


やっぱり江戸城こそ、日本の最高位の城でしょう。
260年続いた徳川幕府は、やっぱり江戸城あってのものですし、
江戸文化だってやっぱり江戸城を中心とした文化であるわけですよね。



東京の地名だって御茶ノ水、水道橋、半蔵門、桜田門などなど、江戸城にゆかりのある名前が多いですし、 東京生まれ東京育ち、悪そうなやつも友達にゃいるジョニーとしてはですね、何かしらの、こう、思うことがあるわけでございますよ。



宮崎あおい「篤姫」大

現在はNHKの大河ドラマ「篤姫」も大好評ということですが、

乗っかってみちゃおうかな、くらいの軽い気持ちではございません!!!

・・・・少ししか。




それでは今回は江戸城、特に今回は平河門をピックアップしてお伝えしております。
どうぞ。


江戸城と篤姫の関係

まずは、大きく、江戸城についてお話させていただきます。

はじめて江戸に根城を置いた武家は江戸重継氏だといわれております。平安時代から鎌倉にかけて、のことだそうですが。

それからまぁ、なんやかんやとありまして、室町時代に太田道灌という人が房総の千葉氏を抑えるため、当時の利根川下流域にあった秩父江戸氏の領地に建てた城、これが江戸城の原型だといわれております。

その後、後北条氏・徳川家康とその主をかえ、江戸時代260年間、徳川家の根城となりつづけ、1869年の東京奠都により皇城となるわけですな。ま、この辺はご存知かと思います。
本丸は1863年に火災で焼失したままになっており、西の丸御殿や大手門・和田倉門も、大震災や大空襲で失われたまま、現在に至っているということでございます。




ま、ざっと江戸城のご紹介をさせていただいたのですが、なにせあまりに広い江戸城ですし、歴史も多々ありますので、各パーツに関しては徐々に追ってご紹介、という形にさせていただきまして、
江戸城シリーズの第1回となる今回は、平河門をピックアップさせていただきました。




平河門は江戸城の東北に位置する門で、この方向は鬼門と呼ばれることから、不浄門と呼ばれました。風水とかそのへんですかね。
具体的に言えば浅野内匠頭が切腹したのも、江島事件の江島氏が流刑になったのも、この門からだと聞いております。


外見は、といいますとですね、平河門の前には橋がありまして、これが石造りの橋桁(橋のたもと)に木橋で擬宝珠といった、なかなか古風で趣のあることとなっておりまして、ここから皇居見学としゃれ込むことも、できます。
宮内庁に申し込みが必要ですが。


なかなかいいですよ、皇居見学。
東京におられる方は、是非一度、日本のお城の集大成、江戸城をごらんいただければと思います。



それでは今回はこの辺で。
また随時、桜田門やその他見所についても追ってご紹介させていただきます。



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